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第14回 ローマからのおしおきよ!

3/3 雛祭りに誕生日会(女子会)

なんとセーラームーンの下着コスプレで。
今の若い女性は凄い!!

もっとも、お店はPM10:00すぎで、他のお客様は3テーブル程度
でしたが、男性のお客様はにっこり、にやり、様々な表情でした。

わたしも思わずニヤリ、でも65歳ですから恥ずかしい気持ちもあり、
ちょっとわくわく。

でも、この女子達、みんな良い娘でしたね。

今の時代、一人では何もできなくても、仲間と一緒だと
心が大きくなるのかな?
サッカーの応援も、野球の応援も、ライブハウスも、
みんなで一緒の「臨場感」が、現在の若者達はきっと大好きなのかな。


裏を返せば、
東京で生きるという事は、
きっと、
「孤独感」に溢れているんだろう・・・

なんて考えてる代官山の古だぬきでした。


下の写真は
(左)セーラームーン:よしみちゃん
(赤)セーラーマーズ:みりかちゃん
(右)セーラーマーキュリー:りかちゃん

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因みに右の親父は、月に代わってお仕置きされたい
タキシード仮面と呼ばれた、私、今泉博です。

2014.03.12  投稿者 Cuore dir ROMA | PermaLink

第13回 ローマからの手紙 代官山も雪

40年ぶりの大雪、雪景色は最高。
仕事は最低、そして都知事選もおそらく投票率はだいぶ下回るかも。

2月8日の夜も予約は12件あったが、雪の影響で最終的には全部キャンセル
になり落ち込んでいたら、夜、近所のお客様の来店を頂き、感謝です。

さて、都知事選、猪瀬さんがあんな馬鹿をしなければ、続けて欲しかった。
でも、収賄罪に問われ、言い逃れのできない状態で辞任。
私は猪瀬さんのファンでもあったので非常に憤慨している。

今度都知事立候補者を見てみると、なんとなく寂しくなる、なぜなら・・・


・原発全面廃止の元総理「細川さん」
貴方は総理の時代に佐川急便から1億円もらって、それがばれて引退した方だ、
猪瀬さんの5000万円と、どう違う。
原発問題もただ反対だけで、それに対する代替案もないのではないかな
小泉元総理に担ぎ出されたのかどうかは、わからないが、今回は郵政とは
全然違う、柳の下にドジョウは2匹はいないと思うのは私だけだろうか。


・元厚生大臣を務めた「舛添さん」
自民党時代に除名を受けた党から再度公認候補と言うのは、
幾らなんでもおかしくないかな。
勝てれば何でもよいのか、そんな気がしてならない。
国政ではなく、都政という事を理解している方だとは思うが、一抹の不安が残る。
政策や、福祉、介護の事は彼が一番いいのかなと思う。


・元航空幕僚長「田母神さん」
もし他の国と紛争になった時は必要とする人物だと思うが、
都政を預けるにはちょっと怖い所があるような気がする。
おそらく私だけではなく、他の都民も同じようなイメージを持っているのかな。


・元日弁連会長「宇都宮さん」
この方は政策的にも一番常識的な意見を述べているが
無所属で、全くのフリーで出馬していれば面白かったと思います。
反自民党の旗頭的要素があり、自民党安倍さんの全てを反対するのはどうかな
全くの無所属であれば、かなり票を集める事は出来ると思いますがどうでしょう。


他の方の意見も聴かせてもらいましたが上記4名候補者に対しての
私個人の意見であり、たわごとです。

この手紙は2月9日15:00時点で書き上げました。
結果はどうなってますか・・・

 

代官山の古だぬきが、
店の窓から雪景色を見ながら、
ふと思ったことです。 

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2014.02.11  投稿者 Cuore dir ROMA | PermaLink

第12回 ローマからの手紙(再開)

 

皆様、お久しぶりでございます。自称代官山の古だぬき、今泉博です。

前回2010年のブログ内容が重すぎ、今回更新まで3年を要してしまいました。

大変申し訳ございません。

2011年には未曾有の被害をもたらした東日本大震災があり、

非常に心をいためておりました。

被害にあわれた皆様には、お見舞い申し上げます。

さまざまな事を思い、筆が重くなっておりましたが、この手紙を再開します。

今後ともよろしくお願いします。

 

=================

 

当クオーレディローマは、2013年11月の土曜と日曜のすべて、

ご披露宴のご予約を頂いておりました。

貸切と伝えきれず、わざわざご来店いただいた方々には申し訳ありませんでした。

しかしながら、たった1ヶ月の間に、9組もの幸せなカップルを送ることができ、

大変充実した代官山の秋を演出することができました。

 

さて、11月30日、暁さんと千尋さん。(画像参照)

高校生時代の部活でチアだった千尋さんのご友人とともに

テラスにて余興を行い、チアガールが空高く舞い上がりました!

いつまでもお幸せに!!!

ウエディング.JPG

2013.12.15  投稿者 Cuore dir ROMA | PermaLink

第11回 ローマからの手紙 Buna Anno

新年明けましておめでとうございます

という事で2010年が始まりました。
今年は代官山の古だぬき、正念場です。
09年後半に人生の転機を迎えてしまッた、

信じられない出来事が5件も起きてしまい、まいっている。
只、今は正月という事もあって、この事は次の12回で
皆さんに聞いてもらおうとかんがえており、1月15日位の
アップで書き込みます。

さて、今年10年はこの国の大きな大きな転換期に来ておるように
思える、政府の舵取りいかんでは、より一層デフレ傾向に
向かいそうな気がしてならない

国民の生活を考えればインフレを起こしてもいいような気持ちであるが
皆さんは如何なお考えでしょうか。

只金を刷ればいいというものではないが、景気を回復するには
政府と金融専門家の指導の下、必要かな思う。

世界経済や世界の金融の流れを、いつも後手後手に
受けているようでは、この国の本当の意味での再生は難しいようである。

新年度からかってな事を書いてしまい、ごめんなさい

今年こそは私を含めた、全ての人が幸せになれる事を
願っております。 少し図々しいかな(私も含めたは)

勝手なことを書きましたが今年一年も
宜しくお願い致します。

代官山の古だぬき(今泉 博)

2010.03.08  投稿者  | PermaLink

第10回 ローマからの手紙 

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スカラ座との一夜

私今泉、マネジャーナンドー氏、ソプラノ女性歌手、テノール、ピッポ氏

コールマン髭のナンドーとは30年来の友人であり、今年1月に
ミラノに行ったときは大変お世話になった友人である

これは第5回に詳しく書いてありますのでよろしければ
読んでください。

今回はスカラ座オペラの東京公演
演目は アイーダ、ドンカルロ
8月末に来日して、9月19日に帰国するまで、約20日間

総勢400名というから凄い人数だ。
チケットが68000円というのも少し理解できるが
それにしても高いが、この不況下にあっても
完売したそうな。

その20日間毎日、昼夜20~30名ほど
我が店に食事にきてくれた。

私にとっては懐かしく、嬉しい時間であった。
連日深夜12時過ぎまでだ。

9月10日過ぎにナンドーから15日夜にフりーになるから
ローマでコンサートみたいな事をしようか?

私は即答で、是非やろう、という事で
15日夜は、お得意様だけに連絡を入れて
食事とオペラのさわりとカンツォーネで1時間15分
盛り上がって、盛大に出来ました。

それにしても、凄かったし、素晴らしかった

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私と歌手と仲間達

中村料理長、今泉、スカラ座の歌手
とにかく素晴らしかった。
最後の方は店の四隅に歌手たちが散らばり
2小節ごとに歌いまわしていく、

いやー、素晴らしかったです ブラボーの連呼

18日の夜に、最後のディナーで皆と顔を合わせ
明日帰国を私に告げ、3年後の来日に、又逢おう

少しほっとしたような、寂しいような言いようの無い
気持ちが私を包んだ。

ノスタルジックかな。
代官山の古だぬき 今泉でした。

2010.03.08  投稿者  | PermaLink

第9回 ローマからの手紙 上海今昔

上海今昔 その1

8月17日~19日の3日間上海へ行きました。
上海(中国)6年ぶりに楽しんできましたが、この国の
日進月歩には、本当に驚かさせられます。

いまや、上海とその近隣の人口を合わせると4000万人
そしてその1%が富裕層だといいます。40万人がそれなりの金持ち
いいマンションに住み、外国高級車を乗り回し、自分の気に入った
レストランでフランスやイタリアの高級ワインを片手に札びらを
ちらつかせている、それはまるで90年代の日本のバブルのようで
将来がちょっと不安になってくる。

中国共産党が現代に影を残す象徴みたいなものなのか?
経済は市場経済を取り入れて急速の進歩
政治は共産党のなすがまま、党高官の子供達は
苦労せず、大学をでて、親の利権を受け継ぎ
裕福である。

一方99%の人たちは、いまだに給料が2万~4万の人達が
殆どで、これだけの格差がつくのは発展途上国という事ではないようだ。

いずれにせよ、中国の将来は、世界に追いつく経済、これは
もう直ぐそこまで来ていると思う、あとは国民全体がどこまで
生活が豊かになるか、そして精神が豊かになれるか、
近い将来、良くも悪くも大きな問題点になりそうだ。

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上海今昔


上海今昔 その2

写真の彼は(ステーブン ワン氏)昔この上海で仕事らしき事を
一緒にしたいわば戦友みたいな友人である。
彼は今では上海の一等地にレストランを3店舗、来春にはホテルをオープンさせると言う。
素晴らしい経営者になっていた。

そのホテルで出来たら一緒にイタリアンを開店させよう と言う
オファーだなんという話だ、もう7~8年も逢ってなかったのに、
少し感激を覚えた 同時にビックリもしたが、嬉しい話ではないか
こんな俺でも声がかかる

この日はそんな話も、昔の話もシャンパングラス片手に楽しい時間
が過ぎていくのが、心地よかった

夜も更けてきて彼のリムジンでホテルまで送ってもらい、次の日は
彼は仕事なので彼のリムジンがわざわざホテルから空港まで
送迎してくれた

中国人は古い友を大切にする、年寄りを尊敬すると言う
言い伝えが あるが、本当だなと思った。

又彼が別れ際に話を前に進めるために又近々逢いましょう
との事もしかしたら、この続きを掲載できるかも?

この国、中国は国力(面積、人口)が世界一になるのは
そんなに遠くない話である、

人々が豊かになったときにアジアのリーダー、いや世界の
リーダーになれるかもしれない、ただ色々な問題点を
残している事だけは確かだ

また、この国にこられる事を期待して 再見”


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旧友との再会

2010.03.08  投稿者  | PermaLink

第8回 ローマからの手紙

スカラ座ソリスト シルベストロとの再会

3月の始めに一人のイタリア人が訪ねてきた
私の顔を見るなり
”オー チャオ ヒロシ”マ クワンテアンニノンベード
良く見たら27年前に知り合ったスカラ座のバリトン歌手
シルベストロ、サンマルターニだった。
最後に会ったのが6年前である
10年前はスカラ座のソリストまで登りつめた男である
私は嬉しくて思わず抱きついてしまった。

私のことを忘れずにスカラ座の私のもっとも仲のよい
ナンドー氏に聞いてきたと言う。
それも私に会いたくて 涙が出そうになった。

東京に来たのは関東で5ヶ所のリサイタルが
ある為だと言う、それでも彼は3月に何日かフリーの
日があるから、ローマでコンサートをやろうか

嬉しくなって3月22日早速ディナーショーを実行した

久しぶりのバリトンの素晴らしい声
堪能致しました。

彼は3月27日ミラノに帰りました
帰る前にTELがあり、

ありがとう、楽しかったよそして9月に又来るから
9月はスカラ座のメンバーでローマでコンサートを
やるよ、といってくれた。

古い友が尋ねてくれる、すごく嬉しかった
友達は大切でかけがいのない自身の財産だ。

改めて身に沁みて感じました

代官山の狸でした

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オペラ歌手との再会


2010.03.08  投稿者  | PermaLink

第7回 ローマからの手紙

早稲田大学院 入学  桑田真澄 おめでとう !!


高校卒業のとき早稲田か巨人軍か、色々悩んでプロ野球を選択、

この問題は世間を騒がせたが、桑田氏自身の問題ではなく
大人の作った問題で、彼は言うなれば被害者だ。

23年間この問題には口を閉ざして、プロの世界で活躍してきたのだ。

それも、プロの中で自分自身に目標を掲げて
200勝とメジャーリーグでの活躍という目標を
巨人軍での後半の故障とメジャーでの故障で
夢なかばで引退を余儀なくされた。

よく頑張ったと、感動をありがとうと感謝したい、一野球ファンとして

それが今度は早稲田大学院を受験して合格してしまった。
なんという男だ、

でも彼と今日まで知り合えた中で、その事はいつも表現
していたのだ。

この男はどの道に進んでも必ず将来の目標を立てる事の出来る男である。

そのために今何を成すべきかの術を生まれもって知っているのだ。

おそらく大学院に入ったという事は、23年間世話になった
野球界に恩返しをしたい、子供達の育成に携わりたい

もっと大きく言えば将来は自分が日本プロ野球界を
背負って行くという壮大な考えまであるように思える。

勝手な思いで桑田氏には断らず書いてしまいました

桑田さんごめんなさい。

でも、あなたなら出来るような気がします。
がんばってください。

代官山の古狸でした。

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早稲田大学院合格後

2010.03.08  投稿者  | PermaLink

第6回 ローマからの手紙

脅威のトマト登場!!

まずこの文章の前に前回イタリア旅行でロストしていた
荷物が25日に戻ってきて”ホット”しました。
よかったです。


私の大恩ある方で石原さんという方がいるのですが
私にとっては自分の人生の中で最も尊敬でき、
お世話になった方です。

しかし、石原さんはとても変わった方です。何が変わった
方かというと、もう70歳前後になりますが、やる事は
今の若い人にも真似の出来ない事をします。

いまだに富士スピードウエーでポルシェカップのレースに
出場しています。(でももうやめて欲しい!命あってのものだから)

不動産や土地売買で利益を得てるし、この不景気で
倒産した企業を買い、再生させるビジネスにも着手を
考えている。

ビジネスセンスが桁外れにすばらしのだと思う。

そんな石原さんが3年前に宮崎マンゴーを食べて
これなら私にも作れるといって、作ってしまった。
これが本当に美味しかった。

そして昨年6月ぐらいに私のところに来て、今度はトマトだ。
そう言って、国内の美味しいトマトをサンプルで買い集めて
欲しいとの事、全国から美味しいと言われるトマトを
買い集め、静岡県函南の石原ファームへ送った。

それから6ヶ月 出来た!!
大きさは大小あるが、赤く実り そして実に美味い、本当に
美味い。

石原さんいわく、”今泉さんこれは農業ではなく工業だよ”
さすが工学博士、でもなんのこっちゃ

農業の視点から工業の視点に転換して考える事らしいが
良くわからない、でもこんな素晴らしいものが出来ちゃうんだ。

土栽培でもなく、水耕栽培でもないと言う。
これ以上は企業秘密であると思うので、これでやめとく

でもこれからの農業のあり方に大きな変革をもたらす
ことだと思う。

日本の農業に光を大きく変えて日本にしかない、良い
物を作って欲しいと願う

この国の自給率を工業の手を借りてなんとしてでも
70%台まで、回復させることが出来たら
全ての意味でこの国は豊かになると思う
安心安全の食生活と人の心が

その為にも”ビバ石原”がんばってください。

後記 石原トマト通称(ダイアトマト)は当店で食する事ができますので、是非一度試してください

代官山の古狸

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ダイアトマト 脅威の美味しさ

2010.03.08  投稿者  | PermaLink

第5回 ローマからの手紙 

その一 ローマに到着

新年明けましておめでとうございます。

今年も宜しくお願い致します。
という事で新春早々イタリアへ久しぶりに旅行を実行してきました。

1月4日アリタリア航空で一路ローマへと勇んで、でも、
成田でいきなり1時間30分遅れと知らされ、ガックリ
それでも同日の夜8時30分にローマ着、およそ3年半ぶりのイタリア
胸がわくわくしタクシーでSABATINIさんが予約をしてくれたホテルへ
ホテルのフロントでチェックインをしているところに、電話が入りフロントマンが「シー アデッソ アリバート」
SABATINIさんが心配して2度も着いたかとの問い合わせだった。
それに対してフロントマン  今着きましたよ との対応
電話を変わってもらい、三男坊のフランコさんと会話
遅かったな、

早くレストランに来て一緒に食事をしようと再会を喜んでくれてちょっと、
胸が熱くなってきたが、とりあえず荷物を部屋に運び早速リストランテSABATINIへ、

冷たいローマの夜風がどこか心地よかった。
1月初旬の夜10:00過ぎ、さすがに町は静かであった、
店に入ると次男シルベストロ、3男フランチェスコが出迎えてくれて3年半ぶりの再会、
もう82歳と78歳になるのに、この兄弟はあまり老いてない、元気だ、
何だこの元気はと感心させられた。

自分の60歳まだまだ小僧だな思い、自分を叱咤激励したくなった。
この日は深夜遅くまで食べて飲んで語り合えたのが自分にはとても嬉しかった


その二 ローマ滞在

前日SABATINI兄弟と再会を果たし、あと3日間ローマ滞在である

2日目の昼は、ローマの景気が直ぐ分かる場所 ビアコンドッティースペイン階段の直ぐ下のとうりで、有名ブランド店が並んでいる
観光客なら誰でも一度は行くという場所であるが、一月も初旬の為か暇である、いつもなら日本人がウヨウヨいる場所だが、殆ど見ない

やはり景気は世界的なもので殆どの店がディスカウトセールである。
本来なら2月にやるのにもう始めているが、客はまばらで寂しい感じがした.

夜はSABATINI でファミリーと再会、フランコの息子セラフィーノ、シルベストロの娘婿ルシアーノ、皆でテーブルを囲んで昔話をワイン片手に楽しんだ。

只、寂しい事は昔仕事が終わって毎日飲み歩いた古いコック連中が全員退職していた、ピオ、ミケーレ、ダンテ、ロレンツォ、あと2名名前が出てこないが全員63歳オーバーで、ペンショーネいわゆる年金生活を始めてしまった。

そのためか、料理の味が少しぼけているような気がした。
気のせいでで有ればいいが

翌日はランチにSABATINIへ、勿論食事をしたが、本日のテーマは長兄サルバトーレの墓参りである。

サルバトーレ、通称ジーオ 私にとっては父親みたいな存在で
15年前に肝臓癌で他界した。
15年ぶりのお墓参り、こみあげてくるものがあった。

食事を終えて、フランコとシルベストロ私の3人で郊外にある墓地へ
花を買い、お墓にささげ、写真つきのお墓に1分間合掌
フランコは私の肩に手をおき一言”ありがとう”シルベストロは無言

そのあとで、ホテルまで送ってもらい、惜別をした。

夜はホテルの近くの洒落たレストランへ、観光客は私一人
地元の金持ち風の客ばかり、一人では気まずい想いがした。

美味しいグラスワインを3杯ほど飲んで、海老の前菜と
パスタはぬいて、メインを、これがすごい、骨付の仔牛のカツレツでも普通と違う、厚さがが2センチ以上、しかもレアーである。
半分ほど食べて残してしまった。
昔から仔牛は火をとうして食べるものとSABATINIさんに
教育されていたからだ。ミディアムで中がピンク色が自分でも
ベストだと思うんだけど、時代がそれを受け入れてしまったのかな
ちょっと複雑な思いでホテルに帰る

翌日はまったくの予定なし、ローマを彼方此方訪ね歩く
トラットリアで美味しいパスタにであったり、自分の店の
デコレーションを買ったりして日中を過ごし、

夜はローマ郊外のトラットリア、シシリア何とかという店へ
そこの店のオーナーがなんと日本語がベラベラ
話を聞いたら奥さんが日本人であるとか、しかし
10年ほど別居していて、離婚調停中だとか、
そんなことはどうでもいいけど、料理はとても美味しかった。

さー明日はミラノへ移動 明後日は帰国だ。
続きは2~3日中に

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シルベストロの娘婿、フランコの息子、シルベストロ、今泉、フランコ



その三 ローマからミラノ  そして帰国へ

あー今日はミラノ移動だ、11:30の飛行機のためホテルを9:30に出てローマ郊外のヒュミチーノ空港へと、

搭乗手続きをとカウンタ-へ、そのとき入り口方向からいきなり歓声が
突然300名前後の若者が乱入、いやな予感がし、それが的中してしまう。

イタリア独特のいきなりストライキだ、今回はアリタリアの貨物要員のストライキだ、
まさかこのストが私の大きな問題になろうとは考えても見なかった。
手続きをする際にバッグがストライキで運べないと言う、そんな馬鹿な事があるのかい、
体は運ぶけど荷物は運べない、どういう事だ客の身になって仕事をしろ!
と心の中で叫んでしまった。

とにかく、荷物は同じ便ではなく違う便でミラノリナーテ空港へとの約束をもらい、
一路ミラノへと1:10ほどでリナーテへ

スカラ座の古い友人ナンド氏が空港まで、出迎えてくれた。
5年半ぶりに見る、懐かしい顔だ。

ナンドにローマ空港の一件を話すと、もう一度中に行こうと
言われ、ナンドと2人で中に入り、ロスト手続きを1:30もかけて

それから2人でミラノチェントロへ(ミラノの中心で駅の周りの事)
食事をしようとトラットリアへ、そこには懐かしい顔が何人も私が来るのを待っていたのだ。
皆少し年はとったが、懐かしい、そして嬉しかった。それから2時間食事と歓談へ。

”この後はどうするヒロシ”とナンドが聞いてきたので、彼に頼んでいたホテルで一息入れたいと言うと、ホテルはスカラ座のゲストハウスを用意してあると言う、なんと言う気遣い, 彼に感謝感謝!

一時皆と離れゲストハウスへ2時間ほどくつろいで、スカラ座へと
この日は公演日で演目はDon Carlo(ドン カルロ)おそらく
9月の日本公演も同じ演目だと思うが、どうだろう?

スカラ座に入るときはさすがに躊躇した。スーツの入ったバッグがない
格好が悪い、楽屋裏から入りナンドのオフィスへと、そこへ何人かの
懐かしい人たちが顔をみせてくれた。

幕が下り次の幕まで30分近くあるので色々案内してもらった
最初は舞台裏、舞台を大急ぎで変えている時間が勝負だ
次は客席1階は300席位だと思うが定かではない、2階席以上は
全て個室、それも赤と金色の夢の世界、もっとすごいのが
幕が下りる時のウェイティングルーム、みなさんシャンパングラス
片手にドレスアップしてまるで中世の社交場、なんじゃこれは
じぶんの格好を見て恥ずかしくなる。

もっとすごいのが、幕が上がり第2幕、ナンドはこれからすごい席へと案内してくれた。

舞台から正面の2階席個室といっても15人位は入れるスペース
演者はその席を見ながら演じてるように見える、実際そうなんだと思える。
その席からは演者と客席全てが見渡せ、まるで王様気分。
ほんの一時の体験、すごかった

後で聞くとこの席は特別席でスカラ座が認めた客、国賓クラスしか入れないという。
仰天!!

夜遅くまたナンドとリナーテへバッグが到着したかの確認、
まだ着いてない、そんな明日は日本に帰るのに、怒り心頭だ
ナンドは朝一でもう一度着てみようと言う、なんと言う良い奴だ
次の日朝一で3度目のリナーテ、だが結局は発見出来ず(マンマミーヤ)なんてこったい、
ナンドの献身的な行動に深く感謝するも、アリタリアには(バファンクーロ)訳なし

なぜってミラノリナーテはローカル言わば羽田、国際線はマルペンザここは成田そんな関係だ、
急いでマルペンザへ向かい日本へと

それにしてもミラノでは忙しない思いをしたが、今回の旅路で”温故知新”を改めて知らされた。
そんないい旅でした。

1月17日現在まだバッグは発見されず、もしかしたパリの可能性がと日本のアリタリア職員が、
バッグだけが夢の続きを見ているのかな。

代官山の古狸 今泉 博

2010.03.08  投稿者  | PermaLink

第4回 ローマからの手紙 

2008年12月28日、もう終わりのときですね。
今年1年皆様には本当に感謝しております。
ありがとうございました。

さー来年2009年はかなり厳しい年になりそうだ。
でも、我々も皆もまけないでがんばりましょう。

私代官山の古狸は1月4日より第二に故郷
イタリアへ行ってきます。

私の師匠SABATINI兄弟に表敬訪問を、そして
長兄サルバトーレのお墓参りに10年ぶりです。

そして2人の兄弟も80歳を越えようとしておりますので
この時期を逃すと、今後は何時になるかわかりませんので
弾丸トラベルでいって、最後の1日は、ミラノスカラ座のメンバーと久しぶりの再開を果たしてこようとかんがえおります。

何故かって、来年9月の日本公演の予定があり、
その間クオーレ ディ ローマにも大挙訪れる予定ですので
勿論食事にですがその、相談であり、
最終日には、当店でのミニコンサートの予定の相談をするためです。

とにかくこの結果は年明けイタリアから帰国したら、
このコーナーでお伝えいたします。

それでは皆様もよいお年を、お迎えくださいませ。

時節柄、風邪やインフルエンザが流行ってきております
どうぞお体をご自愛くださいませ。

代官山の古狸 今泉 博


entry03a.jpg ローマの街並


2010.03.08  投稿者  | PermaLink

第2回 私に感動をくれた男達

その一 桑田 真澄 背番号18(野球人)

桑田真澄18と出会ったのはもう17年位前である。
私が25年間勤め上げた青山のSABATINIと言うイタリアンレストランに(当時はイタリアンでは日本一の売上を上げていた店である)野球がオフシーズンの、ある日3~4名で現れて、私に
「巨人軍の桑田 真澄です。実は今日伺ったのは私が今まで世話になっていた帝国ホテルのレストランのウエイターが退職することになり、お礼にどこか食事に行こうと誘ったら、それならば青山にあるイタリアンレストラン【サバティーニ青山】へ行きたいとリクエストされ、今日来たしだいです」との事。

当時の桑田と言えば大巨人軍のエースであり、野球を少しでも知っていれば、誰もが知りえる有名人であり野球界のスーパースターである。
そんな彼が、たかが私ごときにわざわざ頭を下げて挨拶にきてくれた事が私に感動を与えてくれた。又それだけではなく、世話になったとはいえ帝国ホテルのレストランで働いていた若者が退職するにあたり、食事会を一緒にすると言う事、若者にとっては生涯の思い出になり、自身の仕事に誇りを持てたと思います。
そんな事をさらっとやってのける桑田に私も心酔してしまいました。
それ以来17年間、私は桑田と良い関係が続き、時にはゴルフを一緒に楽しんだり、(と言うよりは教えてもらうが正しいのかもしれない)ワインを一緒に飲んだりいろいろな話をしたりして時を過ごしてきたが、人の悪口や陰口などは殆ど聞いた事がなかった。

そして、桑田が一昨年、野球人生の大半を過ごした巨人軍のユニフォームを脱ぎ以前から一度は挑戦してみたかったMLBへのチャレンジが始まった。
偶然にも私も25年勤め上げたSABATINIを引退し、新たなるチャレンジとしてこの代官山にCuore di ROMAを開店させることになり、現在悪戦苦闘中である。
道に違いはあれど、過去の実績や経験値が、前にはだかる壁や障害を必ず取り除くと言う自信を桑田は持っている。そして全てをベストの状態にして、今年も2月10日前後にアメリカへ行くはずだ。
私も負けてはいられない、いや負けると言うよりは彼の信念、情熱、自信、なにくその精神を、生き様をみて強い感銘を受け、私も前に進んでいくぞ、と強い気持ちにさせられたのは事実である。


桑田真澄の野球回顧録
昨年暮れから今年にかけて桑田は中学時代からPL学園そして巨人軍のなかのエピソードをメディアや記事で多く語ってきた。
多少の事は聞いていたが今だから言える話が殆どで大変な経験や体験、間違えられた報道などや誤解をされた事も、すべて自分自身の中に呑み込んで、ひたすらに野球道に打ち込んだ本当に芯の強い男である。
そんな桑田に今年もエールを送りたい。
"Forza KUWATA" がんばれ!
私の人生観をも変えた男桑田 真澄に乾杯、

もっと色々な事を書きたいが次の機会にします。

文章の中で桑田さんの敬称を省いた事をお詫びいたします

Cuore di ROMA 今泉 博 BOSS (桑田さんから頂いたあだ名

左から、松坂選手・私今泉・桑田選手
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左が私今泉・桑田選手
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2010.03.08  投稿者  | PermaLink

第1回 ローマからの手紙

始めに・・・
私、今泉 博は今年で59歳になる中年おやじ、いや初老のおやじといったほうが的確かもしれない、でも気持ちは40歳半ばぐらいであるが、頭と体がなかなかついていけないことをいやというほど身に知らされたこの2年間であり、又強い精神がそれを克服出来ると言う事も、この年になってわかった次第であり、人生今尚勉強だなと言う感であります。
20歳の時に学生生活におさらばして、五木 寛之著書の"青年は荒野をめざす"に感化され、仲間とヨーロッパ乞食旅行に旅立ち、たどり着いたのがイタリア。
そこから40年弱、どっぷりとイタリアの食文化に浸かり、現在に至っている。
この間、すばらしい出来事や、人に言えないような恥ずかしい事、悔しい事、目から鱗がとれるような出来事が沢山あり、今後毎月この事にふれて皆様にお伝えできたら、このコーナーで話していきますので、是非ご覧下さい。

さて今もイタリア料理を続けていく中で私自身のテーマでもある言葉は

【感動を】

人生を生きていく中で何が人を成長させるのか、それは人々が五感で感じる感動と心で感じる感動、この感動がなければ成長は簡単にはありえません。
我々はお客様へどうしたら感動を伝える事が出来るのかをテーマに、元気の良い挨拶、汗水流して働く姿、イタリア食文化の知識、心のこもったサービス、料理を作る姿勢、そして技術と向上心、これら全てを心にこめて毎日励んでいく覚悟であります。
このCuore di Roma で

株式会社 エコ・イタリア
トラットリア クオーレ ディ ローマ
代表 今泉 博

 

2010.03.08  投稿者  | PermaLink
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